俺が30を迎える頃、たけちゃんと出会ったんだ、それで作家と表現者の2人がコンビ組んでね、オールナイトニッポンをやることになった。
※記事見出しに「たけちゃん」含む
※CDアルバムタイトルに「たけちゃん」含む
フジテレビ「オレたちひょうきん族」(1981-1989)のコーナー・キャラクター名に「たけちゃん(タケちゃん)」含む
三宅:初期のひょうきん族の2枚看板になったのが、『タケちゃんマン』と『ひょうきんベストテン』でした。
※管理人注:三宅 → 三宅恵介
“殿”っていう呼び方は、えーとね、みんな師匠師匠って言うじゃん。だけど、師匠ってイヤだったの、なんか浅草的で。それで他に違う呼び方はねえかなあ、“たけしさん”はねえもんなあ、“たけし”っていうのも腹が立つしとかって考えてたら、いつの間にか“殿”になっちゃった。萩本(欽一)さんが“大将”って呼ばれてるでしょ。じゃあ俺も師匠はイヤだから、大将にしようかとか言ってたんだけど、大将ってのもなあって思って。したら、いつの間にか殿になっちゃってたんだよ。
この五月(※管理人注:1984年)から、オレのことを「師匠」と呼んだら罰金千円制度というのを設けてネ。これからは、オレのことを「殿」と呼ばせることにした。
※バカ殿言行録 - たけし軍団
東:やっぱり師匠って言われるのが何かテレくさいというのはあったんだね。
ラッシャー:というか、ありふれてるという話になったんですね。
タカ:もっとくだけた、バカにした言い方はねえかということで。
ラッシャー:四谷の文豪という話になったけど、それも嫌だ。じゃあ、バカ殿にしようかということになった。でも、みんながバカを強く言うので、「何でバカを強調するんだ」と怒って。それで、じゃあ殿にしようというこになった。
※管理人注:(そのまんま)東、ラッシャー(板前)、(ガダルカナル・)タカ
※「新潮45」別冊(1998-02)として刊行された
同映画祭では“世界のキタノ”としてその名を世界に知られることとなった『HANA-BI』(1997年)が最高賞(金獅子賞)を受賞し、2003年には『座頭市』で監督賞(銀獅子賞)を受賞。
※記事見出しに「世界のキタノ」含む
1997年、ヴェネチア映画祭で『HANA-BI』が金獅子賞を受賞して以来、一躍、巨匠の仲間入りをしている。
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